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枸橘の言葉に一朗はさらに考え込む。かなりプライベートに立ち入った話だ。場合によっては「余計なお世話」と突っ撥ねられることもあるだろう。そうならなかったのは、商売気はあるにせよ、少なくとも本当に摂津家の幸せを願っているからだ。
この取引の先には、娘夫婦の新しい暮らしと、親子としての最後の場面がある。摂津家の担当として、枸橘はその仕上げを任されているのだ。
商品を売ることが仕事の終わりではない。商品が渡った後の満足まで責任を持つ。それが百貨店が負う唯一にして最大の責務である。
一朗はしばらくして、徐に顕子に尋ねる。
「上原さん、だったね。君は親御さんとは離れているのかな」
「ええ、今は一人暮らしです」
「率直に、こういう親からの相談は鬱陶しいと思うかな? 君だったらどうだい」
「ええっと、そうですね……私には――」
思いがけない問いかけに、一段落済んで油断していた顕子はつい「分からない」と言ってしまいそうになった。
(いけないいけない、それはだめ。調べる、考える、それまで『分からない』は禁句だって最初に教わったじゃない)
自分の気持ちを聞かれているのだから、答えは全て自身の中にある。顕子は両親について思うことを正直に言葉にしていく。
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