837人が本棚に入れています
本棚に追加
「……一緒に暮らしているときに、あれこれ干渉されるのはやっぱり嫌になる時もあります。でも、一人暮らしをしていて何か困ったことがあって、誰にも言えない時に、親から『そっちはどう?』なんて電話があったら安心するじゃないですか。親が一緒の時と、離れてる時と、距離が違い過ぎて。だからこうなんていうか、そういう遠慮があると、ちょうどいい距離よりも遠くなる? みたいな感じです」
愛想のいい適当な答えで誤魔化そうとは考えなかった。求められているのは、娘の立場の本音。それを提供するのが『誠実』だ、そう顕子は感じていた。
「ふむ、それで、君の言うところのちょうどいい距離とは?」
「余計な心配はしないでほしいけど、大事なところで見守っててくれる……そう、見守ってくれてるっていう安心があると嬉しいんです。今は一番大事な時期で話したいことはきっとたくさんあるはずですよ。だから、摂津さんが考えるほどの遠慮はいらないと思います」
「……そういうものかな。分かった、参考になったよ」
顕子と一朗のやり取りを枸橘は黙って見ていた。いつの間にか道具を全てトランクに仕舞っており、ちょうどいい頃合いと見たのか、席を立って帰りのあいさつをする。
「それでは今日はこの辺りで。御来店の際はご連絡ください」
「ああ、じゃあまた頼むよ」
「失礼します。上原くん、行くよ」
「あ、はい。ありがとうございました――」
顕子は立ち上がろうとしたが、変に力が入らず動けない。枸橘と一朗は顔を見合わせてお互い苦笑する。
「しびれたかな?」
「そのようですね」
「……すみません、しびれてます」
最初のコメントを投稿しよう!