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「そうですか、仕方ないか……でしたら酒粕はいかがです? 蔵元から分けてもらったものがちょうどひとり分余っていて、よかったらお譲りしますよ」
「酒粕って、料理なんかに使うあれですか」
「そうそう。少し待っててください、取ってきますから」
ようやく話の糸口が見えてうれしいのか、いそいそとバックヤードの冷蔵庫に向かう酔心。従業員に対しても商品を勧めてしまうのは販売職の性なのだろうか、と顕子は訝しむ。
(売上のためってだけじゃなくて、扱うものを本心から勧めたいって思うこと。それが『まごころ』だって羽佐間さんも言ってたっけ。お酒、好きなんだろうなあ)
カウンター内では川獺がひとり黙々と、備え付けのノートPCで事務作業を続けていた。画面を見るに、次回の発注をかけているようだ。
「すみませーん」
と、そこへ人間のお客さんから声がかかる。川獺はいったん作業を中断して、商品の案内のためにカウンターを出て行った。どうやら迷いがちな人のようで、川獺の提案した商品を見て長く考えている。かなり時間がかかりそうだ。
今度は顕子一人だけ、図らずも部外者が留守をするような格好になる。顕子もレジ打ちまでなら教わっているが、商品探しまではさすがにできない。
(もう少ししたら酔心さんがもどってくるし、きっと大丈夫……かな?)
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