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そこに、ちょうどいいタイミングでバックヤードから酔心が戻ってくるのが見えた。顕子はすぐに駆け寄って助けを求める。上機嫌な酔心が手にしているポリ袋から芳醇な酒の香りが漂ってくる。
「すみません、予約の受け取りと大口注文のお客様がいらして……代わってもらえますか。酒粕はまた今度で」
「悪かったね、時間をかけすぎたかな。そこの冷蔵庫に分かりやすく置くので、帰り際にでも取りに来てください。それで、お客様はどちらに?」
「カウンターの年配の方です」
顕子はレジ前に酔心を連れてきて、女性に交代の旨を告げた。
「こちらは酒売り場の主任です。在庫量のこともありますので、相談の続きは彼の方に」
「ごめんなさいねえ、忙しいのに長話聴いてもらっちゃって」
「いえいえ、とんでもないです。こちらこそ大事な日に稲荷を選んでいただいてありがたいですよ」
「ではここからは僕が。上原さん、受注があったらまたよろしく」
「はい、それでは失礼します。ごゆっくりどうぞ」
顕子は最後に一礼して、陳列棚に向かう女性客と酔心を見送った。女性は一度振り返って手を振ってくれたので、顕子はもう一度軽く会釈する。一仕事終えて、ふぅ、とため息を一つ。
(ちょっと時間がかかっちゃったな。でも、お客さんの話を聞くのも、案外楽しくなってきたかも)
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