1人が本棚に入れています
本棚に追加
男は言った。「おまえか」
私は言った。「ああ、私だ」
にらみ合う二人。性格のよく似通った者共が嫉妬に肌を包んで人間の形を成していた。
女を取り合うといった古典的で原始的な演目を、しかし劇場以外で観客なく演じようとしている。
二人は組み合った二匹の蛇のようにもつれ合った。どちらともなく喰らいつく様に腕を交差させ、足は絡みつき、表情は醜い嫉妬色に染まった。目は蛇のように吊り上がっていた。
「Fが言うんだ」
男が呻くようにして肺の底から声を出した。
「おまえが好きだと。おまえにすると。私ではなく、おまえなのだと」
頬から流れ落ちる滂沱の雫は今まさに彼が枯れてしまうのではないかと思う程に勢いがよく、怒りより悲しみの方がより大きいことをあらわしていた。
「おまえが憎い憎い憎い」
壁際まで追い詰められる。屋上の端には四方網のフェンスが張られていた。
大きな音を立てて私の背中が激突する。ひしゃげたフェンスの網目が食い込んだ。
「おまえさえいなければ――」
苦しさに身をよじりながら私はどうにか抜け出そうと試みる。しかし背への食い込みはより激しくなってきていた。
背に、何かが刺さった。
「おい、ちょっと待て」
「おまえのせいでおまえの……」
狂ったようにその男は呟き、既に私のことなど見えてはいなかった。
なにか針金のようなものが背に刺さり続けていた。また、フェンスのひしゃげ方にも異常が見られた。
最初のコメントを投稿しよう!