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「待て」
「おまえの――」
変化なく恨み言を続ける男を尻目に私は背後を見た。そこには何かで切られた痕のあるフェンスの一部が変形して穴を開けていた。
「本当に待」
言い切る直前、身体は重力へと投げ出された。男は相も変わらずに私の首根っこを掴み涙を流していた。
「私は私である限り、おまえにFを盗られてしまう」
地面が近づき、男は私の眼を真っすぐに見つめて呻く。
「私はおまえになりたい。おまえに。選ばれたおまえになってFを自分のものにしたい。盗られるくらいなら、盗る側でありたい」
その言葉を訊いて、はっとした。
「私は――おまえになってやり直したい」
男の瞳を鏡に見る私の顔は、どこか遠い過去で私が睨み続けたものに似ている気がした。
「おまえの身体が欲しいのだ」
ウロボロスという蛇の存在を私は思い出した。
尾を咥え、円を描き、その姿が無限を体現している蛇のことである。
これがひとつのウロボロスであったのだとしたら、では、私は一体どこへいくのであろうか。
男は私であり、男は私となり、そしてまた男が私を恨むのだ。
男は私を殺し続ける。もしくは私は男を殺し続ける。
私が死ぬ理由はこれなのか。
ではこの私は果たして――どこへ。
「……F」
去来するFの顔を思い出して泣いた。
いつになったら私は、Fを手に入れられるのだろう?
死の間際、どこにいるのかもわからぬ己が運命の形状と酷似している蛇に向かって吠えた。
ウロボロスよ。
――いい加減、尾を咥えるのをやめないか。
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