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朝、目が覚めると虫にはなっていなかった。
虫にはなっていなかったが、しかし何かしらの変身を遂げた私は果たしてグレゴール・ザムザであったのだろうか。
そんなわけもなく、些か以上に間抜けな表情で布団の厚みの上に尻を置いている私はこれからどうするべきできあろう。
はて。
見てみれば手の甲は自身の記憶より色が白く無垢であり、爪は三日月状の白いそれが女性のように綺麗であった。細く愛らしい。
髪に触れればどうしてこんなにも猫毛のようにふんわりとしているのだろう。もっと硬くごわごわとした髪質であった私ではなかったか。
頬に触れてみればもっちりと久しく触れていない女性の柔肌のように弾んでいて、キメが細やかである。なんだこれは。私は女性に生まれ変わったとでもいうのか。
布団から足を出し、覗いたこれまた可愛らしい足首を見、私は這い出た先にあった姿見に自身を映した。
「ああ……」
一種感嘆の声のみが口をついて出た。
映っていたのは己ではなく――いや己でこそあったが、とてもじゃないが二十を過ぎた男の容姿ではなかった。
映っていたのは紛れもなく児童の姿であった。
考えてみれば、最初こそ違和感もなかった室内の様相に、不安とぼんやりとした感傷が湧いてきた。
ここは昔の私の部屋に違いない。
肯定するように机の上には拙い字でノートに書かれた名前があり、それは紛れもない自分のものであった。
で、あるならば。
今ここにいる私は果たして何なのだろうか。
タイムスリップなどという安易な言葉で片を付けるのは嫌ではあるが、安易さというものは往々にして使い勝手がよく適切でもあった。私はタイムスリップしてここにきたのだろうか?
現実的な解答ではない。
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