裏切りに捧げる鎮魂歌《レクイエム》

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増岡先生の話を聞き終えたあたしは あまりのショックに声を出すことが出来なかった。 そんな事って…とてもすぐには信じられない。 先生の言葉に、取り乱した大河内さんの気持ちを思うと 締め付けられるように、胸が痛んだ。 不意にドアがノックされる。 若い看護師が物凄い勢いで、飛び込んできた。 「先生、万里子さんが目を覚ましました。それで…」 あたしに気付くと、口元を押さえた。 「どうしたの?」 増岡先生は、看護師のただならぬ様子に、駆け寄った。 「あの…万里子さんが…」 先生の耳元に口を寄せて、何事かを早口に伝えた。 「えっ!」 そう言ったきり、増岡先生は絶句してしまった。 嫌な沈黙が、部屋中に流れる。 我に返った増岡先生が、あたしの方に向き直り言った。 「万里子ちゃんが、あなたに会いたいそうよ。  処置室に行ってあげてくれる?」 あたしは頷くと、先生たちの横をすり抜けるように部屋を出た。 廊下には真柴が、さっきと同じ姿勢で長椅子に腰掛けていた。 「大河内さんが…」 あたしの声に、顔を上げる。 「目を覚ましたって…あたしに会いたいって…」 真柴は立ち上がると、今にも泣き出しそうなあたしの肩を叩いた。 「早く行ってやれ。おれは車で待ってるから」 「…うん」 あたしは、こぼれ落ちそうな涙をぐいっと拭うと 処置室のドアをノックした。
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