第1章

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「あのときは、なんにも考えられなくて、あなた以外の誰かに尾けられてることにも気づかなかった。だから、」 先輩はガラス玉みたいな大きな瞳が私を見る。 私は思わず息を呑む。 「だから、今日はそのお礼に、これを持ってきたの」 先輩が後ろに持っていた紙袋を見せる。ケーキ箱だった。箱の中には、宝石みたいに彩られたケーキがふたつ、入っていた。 「せっかく作れるようになったからさ」 と、先輩は照れたように笑った。 私はなんだか泣きたくなる。でも、先輩がもう泣いていないのに、私が泣くわけにもいかない。ぐっと堪えていると、 「なんて顔してるのよ」 と私の頭をなでた。 榊原先輩と話すのは2度目のはずなのに、そんな気がしなかった。前よりもずっと先輩を近くに感じた。それは、学校での凛としてカッコイイ先輩ではなく、じつは甘いものと可愛いものが好きで好きな人のために影で努力する、普通の女の子と変わらない、女子力高めな先輩の素顔を、知っているからだろう。それはもしかしたらーーこれは私の希望にすぎないけれど、先輩のほうも同じだったのかもしれない。素顔を見られているから、私にこんな風に接してくれるのかも。 先輩と一緒にケーキを食べて、笑いあいながら、胸の中がぽうっと温かくなってくるのを感じる。 自分の胸の内に生まれたこの未知の感情を、私は言葉にしえ伝えるどころか、はっきりと自覚する勇気すらまだ持てないでいる。 だからーー先輩は、私の“気になるひと”。 気になって仕方なくて、つい目で追いかけてしまうひと。いまは、それでいいと思った。
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