第1章

3/14
前へ
/14ページ
次へ
廊下を歩いていたら、前方から、先輩と先輩のご友人が歩いてきた。私はぎくりと緊張する。解凍したての肉のようなぎこちなさで先輩の横を通り過ぎようとした。 その瞬間、私は足をつんのめらせて思いきりすっ転んでしまった。 痛い、よりも、恥ずかしい、のほうが遥かに大きかった。先輩の目の前で転ぶなんて。これじゃ先輩の気を引こうとしてわざと転んだみたいだ。やだー、大丈夫ー?とちっとも心配していない様子の何人かの声と、くすくす笑いが聞こえる。 じわり、と膝に血が滲む。泣きたくなってくる。 そのときだった。 「大丈夫?」 声に顔をあげると、目の前に、榊原先輩のきれいな顔があった。びっくりした。何事かと思って私は目を瞬かせた。 先輩は一緒に歩いていた友達に「先に行ってて」と促し、手を差し伸べてくれた。さらに、 「ケガしてるよ」と絆創膏を渡してくれる。 ありがとうございます、と言いたかったけれど、うわずって声にならなかった。あ、とか、う、とか言っているうちに、 「それじゃ、気をつけてね」 と私の肩をポンと叩いて、颯爽と去っていった。 私はしばらく、ぽうっとそのしなやかな背中を見つめていた。 先輩にとって、誰かに親切にすることは、きっとごく当たり前のことなのだろう。だって私に優しくしたところで、なにかメリットがあるとも思えないし。 どうしたらあんな風になれるのだろう。いや、私と先輩では生まれ持ったものが違いすぎる。それはわかっている。でも、知りたいと思った。先輩についてもっと知ることができたら、ほんの少しでも近づけるのではないか。そう思ったのだ。 その日から、私はそれまで以上に、榊原先輩を目で追うようになった。 しかし、学年が違えば、偶然すれ違うことなど滅多にない。あのときはまぐれだったのだと思い知る。でも、離れたところから眺めることならできた。先輩はどこにいても目立つ。先輩の周りだけ不思議と光を帯びて見える。たとえば体育の授業でグラウンドを軽やかに走る姿や、部活で高飛びをする先輩のしなやかな体の動き。きれいだなあ、と窓辺の席からぼんやり眺めながら思う。 このときは、思いもしなかった。私が憧れの先輩に、ストーキング行為をはたらくようになるなんて。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加