第1章

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「受け取ってください」 と、榊原先輩は花柄のリボンでラッピングされたピンク色の包みを差し出した。それから、「部活の子にも配ったんで」と慌てて付け加える。 「えっと、ここで開けてもいいかな?」 どこかキョトンとした顔でそう言ったのは、なんと、数学教師の清水先生だった。そういえば、清水先生は陸上部の顧問でもあることを思い出す。 袋の中身は、マフィンだった。ピンクや黄色で可愛らしくアイシングされた宝石みたいなマフィン。売り物みたいなクオリティだけれど、先日の行動を見ていた私は、先輩がつくったものとすぐにわかった。 「きみがお菓子づくりが得意だとは知らなかったよ。ありがとう、嬉しいよ」 と清水先生は破顔した。真面目そうな先生だけれど、こんな柔らかい顔もするんだな、と思う。 しかしなにより驚いたのは、先輩の表情だった。ちらりと見えた先輩の横顔は、いつものクールな様子はなく、真っ赤に染まっていて、恥ずかしそうで、それでいてすごく嬉しそう。 私は、誰かに対してそういう感情を抱いたことはなかったけれど、それでもわかった。先輩は、清水先生のことが好きなんだ。 先輩と清水先生の関係は、どれほどのものなのだろう。特別親密ではなさそうだけれど、手づくりのお菓子をプレゼントするくらいだから、仲はよさそうだ。もしかしたら、先生と生徒以上の関係に、これからなる可能性だって否定はできない。 とんでもない秘密を知ってしまった。先輩のファンがこのことを知ったら、どんな顔をするだろう。優越感に浸るところなのに、なぜだか、モヤモヤとした気分だけが残った。
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