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臙脂色の絨毯が敷かれた大理石の階段は幅が3メートルほどあり、中央に設えられた装飾付きのロープで下りの往路と上りの復路に分かれている。階段の手摺りも上質な木材が使われており、経年も含め、重厚な雰囲気を醸し出していた。 階段を降りて一階に着くと、左手には博物館、右手には図書館の入り口が見える。そしてその図書館に隣接する窓辺の細長い喫茶室が、圭が足繁く通う場所だった。 二つの建物はヴォーリズの手に依るものではないが、間違いなく踏襲された建築物であり、そこにある全てに大正時代の趣きがある。喫茶室には図書館で借りた本を持ち込んで読み耽る事も出来るし、お茶一杯300円で、何時間も居座る事もしばしばだった。 店長は還暦を過ぎているように見受けられるが、厨房に居るのは三十代半ばくらいの小柄な男性で、暇な時はよく圭に話しかけて来る。鈴木と名乗るこの男性の作る玉子サンドは店長が丁寧に淹れる紅茶との相性が抜群で、土日は昼過ぎに訪れて、サンドイッチセットを注文するのが恒例になっていた。 今日も暇そうだな、と圭は思った。休日でも、この喫茶室が満席になるのを見たことがない。メニューもコーヒーと紅茶、サンドイッチとナポリタン以外になく、閉店時間も17:00と早い。経営に力を入れてるようにはとても見えなかった。
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