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白いシャツに黒のベストとスラックス、深緑色の蝶ネクタイが喫茶室の制服。店長は寡黙そうだが、コーヒーにしろ紅茶にしろ、一杯一杯愛情を持って淹れるのが信条らしい。 「坤守くん、もう4年なんだよね。月日が経つのは早い。初めてここに迷い込んで来た時は高校生だったのに」 迷い込む、の言葉通り、圭が初めてここに足を踏み入れた時は、何をどうすればいいのかもわからなかった。それまで、ファストフードを含め飲食店に一人で入った事がなく、ジュース以外の飲み物も頼んだ事がない。ただ、この空間に居る以上は何かを注文しなくてはならないから、無難に思えたミルクティーをお願いした。その時は、それは美味しいのかどうかもわからなかったけれど、湯気と共に淡く立ち上る花の香りが心地いいと思えた。懐かしくもあった。記憶と嗅覚は繋がっていると言うけれど、それをどこで嗅いだのかは覚えていなかった。 「卒業したら、ここにも来れなくなっちゃうのかなー」 「院に進む予定なんです。もう少し勉強したくて」 「へぇ。カッコいい!」 鈴木の口調は囃し立てるようで、それでも小さな黒目は圭を真っ直ぐに捉えていた。圭はこの顔をどこかで見たことがある。アニメに登場しそうな童顔の三白眼……。けれどそれが何のキャラクターなのかは思い出せなかった。
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