第一帖 水の記憶

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 咲山県咲花市氷室八幡宮。この境内とその周辺は、幼い時から遊び場だった。澄んだ空気、美味しい水、そして豊かな自然に囲まれてのんびりと育っていった。  その氷室八幡宮は、1190年頃に、琉球王国、室町時代の建築手法を取り入れ、通常とは反対に設置された狛犬像が建てられたとされている。  ただ、その時代に何故琉球建築や室町時代の建築手法が取り入れられたのか? 通常とは反対向きに建てられた狛犬像の謎は、今もって解明はされていないという  とりわけ、氷室八幡宮の境内はよく遊びに行ったものだ。母親に抱かれてお参りに行った時、何故か「ここ、知ってる!」そんな気がした。そしてとても懐かしく感じたのを今でも覚えている。これが、私が三歳の時の忘れられない記憶だ。朱の琉球王国を思わせる建物を、当時なんと呼ぶかなど分からなかったけれど。そして同時に脳裏に浮かぶのは水中で揺れる白衣(びゃくえ)緋色の袴。そしてアクアマリン色のクリアブルー。穏やかな波。初めて海というものをテレビで見た時、これが海と呼ぶものだと知った。氷室八幡宮の朱色、緋色の袴、そして南の海。何故か幼い頃から断片的に脳裏に浮かぶ映像だった。  星野詩織はゆっくりと約束の場所を目指した。そしてもう一つ、繰り返し夢に見る事を思い浮かべる。  ()が想ひ 水面(みなも)に燃ゆる 蛍なり なくてぞ人は 恋しかりける (※意訳 あなたに会えなくて、私は水面に浮かぶ蛍のように、声を立てずひたすらあなたに恋焦がれている。いなくなってもう二度と会えないないと思うと更に恋しいよ) 【返歌】 (われ)は待つ 想ひかはして ぬばたまの 夢の通い() 紅き()の地で (※意訳 私は待ちます。互いに想ひ合っているのですもの。夢通い路の赤いあの約束の場所で)  その桜は一際見事に咲き誇っていた。純白の中に一滴、深紅の血を混ぜたかのような桜色で。(あで)やかな中にもどこか悲し気な風情を漂わせ、まるで、誰かを待ち焦がれているかのように。そして泣いているように散って行くのだ。はらはら、はらりと……。  平安時代、いや鎌倉時代? であろうか。艶やかな(くれない)を基調にし、桃色、白、黄緑、緑等を重ねた十二単姿の女性と、黒の直衣(のうし)に烏帽子姿の男が、牛車内で逢引する姿。そして朱塗りの杯に酒に浮かぶ桜花。それらが断片的に浮かぶ。顔ははっきりとは分からないのだが、切迫した状況で互いの袂を切って和歌を送りあうのだ。そこの場面だけ切り取られたように夢に見る。これもまた、幼い時からだ。女性の十二単は、調べたところ『桜萌黄(さくらもえぎ)(かさね)』というものらしかった。
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