第一帖 水の記憶

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 今年もまた、桜の季節がやって来た。詩織は、きっともう来ないであろう恋人を想いながら彼の地を目ざす。 「今年も見事に咲いたわね」  詩織は桜の木を見上げた。ここは伊佐市でも有数の桜の名所の一つ、咲元公園だ。氷室八幡宮近くで、毎年見事な桜を咲かせる。開花と同時に葉も共に出ずる。真っ白な乳の中に真っ赤な野苺の果汁を、一滴だけ垂らして混ぜたような花色が見事だ。並木道に一斉に咲き乱れる光景は圧巻だ。 「今年は例年より三日ほど、開花時期が早いみたいよ。見ごろを迎えてからの日曜日って、もう今日しかないじゃないの。今日を過ぎたら、あとは花吹雪ね」  日曜日ともあり、家族連れやカップルなど、多くの人が桜並木を歩き、また地にシートを敷いて花見を楽しむ人々で賑わう。故に独り言を言ってもかき消され手しまうくらい活気に満ちていた。そんな安心感もあり、誰に言うともなく心の声をそのまま口にしていた。 「もう、あれから三年も経つのよ。分かってる? (みやび)……。お水が入った水晶って、エレスチャルクォーツとかなら有り得るけど、桜がそのまま入った水晶って……」  桜を見上げながら呟く三度目のその声は、心なしか湿っているように聞こえた。サワサワと優しい春風が、髪を優しく撫でて行く。桜と春風の穏やかな調べを聞きながら、過去に想いを馳せた。  詩織には雅という恋人がいた。
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