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雨降りの恋人
雨が来る。
湿気を含んだ空気が重い。ほら、西の空から、黒い雲が押し寄せてくる。
風が冷たくなった。ツバメが低く飛んでいる。
雨の予兆。
雨だ、雨だ。
梅雨だってのに、ここしばらく降雨が無かったから、彼女はすっかりふて腐れていた。
「ああ、今日も肩すかしなのかしら」
曇天を見上げて、彼女はため息をつきまくっていた。
雨が降らないからって、彼女は意気消沈。色もなし。
機嫌が悪いと、うつむいたまま。
そんな姿を見ていられなくって、僕は声も掛けなかったし。
彼女は、ひたすら、つれない雨を待っていたんだ。
でも、今日こそは雨が降るだろう。
ほら、薄墨色の雲が、どんどん厚みを増している。空が唸る。青空を隠していく。
彼女はうれしそう。両手を広げ、早く早くと雨を待つ。満面の笑み。周囲が薄暗さを増す中、彼女ひとりが鮮やかに浮き立って見えるじゃないか。
僕は、そろそろと起き出して、そんな彼女を眺めている。
「なぜ、そんなに雨が好きなのかい?」
「だって、雨が好きなんですもの。それだけよ」
あとは、微笑むだけ。
でも、その微笑も、僕に向けられたものじゃない。僕は君にとって、小さな存在。いつも側にいる、仲の良い仲間みたいなもの。
僕はさみしく君を見る。
ああ、雨のにおいがする。
そうさ、彼女は雨が大好き。雨が降るのを待っているのさ。
しとしと降るうっとおしい雨だって、彼女を引き立てるアクセサリーでしかないからね。雨の中でこそ、彼女の美しさが引き立つって……他にそんなやつ、いるのかな。
揺れる雨粒をまとったしっとりとした立ち姿は、なんてしおらしいんだろう。
とにかく、僕はそんな彼女の虜なんだ。
カエルの合唱が始まった。
君の大好きな雨が来るよ。
僕は君の葉の上。
紫陽花と一緒に雨を待つ。
――小さなカタツムリ。
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