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最後まで家族の誰にも懐かなかったシャム猫。多くの愛猫が家族の膝の上で亡くなったが、その猫だけは違った。自らの死期を悟ったシャム猫は最期の時までベッドで寝ていたが、父親が玄関のドアを開けた瞬間、隙をついて外へ飛び出してしまった。乃木は泣きながら追い掛けたが捕まえられず、結局、その死体は見つからなかった。
死んだ姿を見せなかったのは猫としてのプライドだったのか。あるいは本能だったのか。小学生の乃木には理解ができず、裏切られたような気持ちになり、ただただ悲しかった。
人に心を許さない、冴えた瞳を持った猫。その姿が男と重なって見えた。
男が手を挙げてタクシーを呼びとめた。黄色い車体が減速し、後部座席のドアが開く。乗り込む瞬間、男の動きが止まり、何か思いついたように、ゆっくりとこちらに顔を傾けた。
時間が止まる――。
男と目が合った気がした。いや、気のせいじゃない。その瞬間、男の口角がすっと上がったのを乃木は見逃さなかった。間違いない。男はこちらを見て笑ったのだ。
「な? 色っぽいお嬢ちゃんだろ?」
「あいつは、一体――」
「全く、今日もフェロモン垂れ流しだったな。見たか? あの顔」
乃木が黙っていると大谷が続けた。
「あいつの名前は成世一葉。後藤田のイロだ。後藤田が一番に可愛がってる愛人だよ」
「男の愛人……か」
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