【2】その指が指す先に

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 小藪は椅子に座ったままの体勢で、だらしなく着ている白衣の肩を揺らした。中は白いTシャツとチノパンでおおよそ医者には見えない。ガタイがよく顔立ちも整っているため、じっくり眺めればイケメンの部類に入る男だったが、無精ひげと軽佻浮薄な態度がその魅力をゼロにしていた。  笑っている小藪を無視して診察室の奥を覗いた。処置室代わりのパーティションの内側に点滴台が二つ見えた。片付けがまだ済んでない輸液パックが掛かっている。近づいて確認した。 「生食500ミリ2パックが空っぽ……おまけにクレンメ全開だな。……こっちにも空いたのがある」 「探偵ごっこか? 楽しそうだな乃木大将」  小藪のからかいをスルーして床に置かれた医療用ペールを開ける。中には使用済みのアンプルが捨てられていた。 「ラシックス20ミリ、静注か。(ヤク)抜きだな、これは」  ラシックスは利尿作用のある薬だ。生理食塩水を大量に点滴し、尿を出させることでクスリを抜くことができる。水を飲んでサウナに入るよりははるかに効果があった。 「さっきすれ違った男は人気アイドルのMだな」 「さあね。たまたまそこを通っただけじゃないの?」 「そんな言い訳が通じると思ってんのか」 「医者には守秘義務があるからな。患者のことは何を訊かれても話せない。悪いねぇ」  小藪は小指で耳をほじりながら答えた。
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