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小藪が手招きすると真っ青な顔をした男が診察室の中に入ってきた。痛みのせいだろうか。呼吸は速く、全身にびっしょりと汗をかいている。
「麻酔……麻酔して下さい、先生」
「んー、その前に、切り落とした指はどうしたの指は」
「ゆ、指はあの男が……」
「あの男?」
ふと背後に人影を感じた。振り返るより先に小藪目掛けて何かが飛んできた。小藪がそれを受け取る。血で濡れた肌色の何か……ジッパー付きのポリ袋に入った小指の先端だった。
――ああ、気持ち悪い……。
あまりの生々しさに息を呑む。乃木は刑事として冷静さを装いつつも、背筋が冷たくなるのを感じた。
最悪の一日だと心の中で溜息をつく。
「先生、お手伝いしましょうか?」
「なーんだ、あの男って、ナルちゃんのことか。今日も相変わらずの美人だな」
「先生もお元気そうですね」
甘い蜜を含んだような美しいテノールが背後から聞こえる。嫌な予感とともに覚悟を決めて振り返った。
乃木の予感はいつも当たる。
そこに立っていたのは銀座の歩道で見たあの男――成世一葉だった。
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