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夜九時。銀座八丁目の並木通りには道を挟んで数台のタクシーが止まっていた。その間を縫うように黒塗りの高級車が通り抜けていく。艶のあるボンネットの上に飲食店の看板の光が万華鏡のように広がっては消えた。その横を一目で水商売だと分かる華やかなコートに身を包んだ女やスーツ姿の男が歩いている。乃木は行き交う人間の顔を観察しながらポルシェビルの入口に目をやった。動きはない。
数時間前、関東最大の組織暴力団・行徳会系後藤田組組長、後藤田篤宗が直参の連中を連れてこのビルを訪れていた。
先日、六本木にある後藤田組の本拠地事務所で発砲事件があった。幸い死傷者は出なかったが、関東広域を治めている指定暴力団同士の抗争かとマスコミをはじめ警察内部も一時騒然とした。当然、乃木が所属している警視庁組織犯罪対策部、組織犯罪対策第四課もその対応に追われた。通常、一介のヤクザが死んでも帳場は立たない。だが、一般市民が巻き込まれたり、親分が死んだとなると話は変わってくる。その可能性がある以上、後藤田の動向を無視するわけにはいかなかった。
「この時期に銀座のねーちゃんと豪遊か。いい気なもんだ」
大谷が呆れ顔で呟いた。
「これは単なるパフォーマンスだろ?」
「パフォーマンスねぇ」
「事務所にカチコミされたからって、親分がビクビク引き籠ってたら示しがつかん。いつだって掛かって来い、俺はビビッてねぇぞっていう、見え透いた極道のパフォーマンスだ」
「はぁー、ホントにいつ見てもくだらねぇな」
「ヤクザはプライドで飯を食ってる。代紋で飯が食えなくなった以上、今の奴らに残っているのは男としてのプライドだけだ」
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