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大谷が顎で示した先を見ると細身の男が路上に立っているのが見えた。タクシーを待っているのだろうか。スーツのポケットに手を突っ込んだまま、少し身を屈ませて行き交う車を気にしている。
「お嬢ちゃんって……あれ、男だろ」
「まあな」
車のヘッドライトが不意に男の横顔を照らし出した。高い鼻梁と形のいい喉仏が浮き上がる。
――綺麗だ。
乃木は理由も分からずゾクリとした。さっき食べたミントタブレットの冷たさが舌の上によみがえってくるようだった。
フロントガラス越しに男を眺める。猫背気味の痩せた体に仕立てのいいスーツの生地が馴染んでいる。髪は天然パーマだろうか。緩くウェーブした前髪の下に白い額が覗いていた。切れ長の奥二重と真っ直ぐな鼻梁が冷たい印象を与えているが、きちんとネクタイを締めた喉元は清潔で品があった。
けれど、どこかに人としての崩れが見える。それが妙な色気を生んでいた。
――なんだろう。
乃木は強烈な既視感を覚えた。
あの男は誰かに似ている。
細くてしなやかな体。冷たくて気高い孤高の存在……。
ふと思い出して気づいた。
――実家で飼っていた猫だ。あの猫に似ている。
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