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ちょうどお昼時を過ぎた辺りだっただろうか。駅のホームには人がまばらに立ち、次の電車を待ち構えていた。私がその駅にいたのはたまたま事件現場に行くためだった。そしてこれもたまたまだが一人の男が目についたのだ。
男はあの事件の行方不明者のポスターを食い入るように見つめていた。その尋常では感じられない気迫のようなもの、にも関わらずどこか希薄な存在感に興味が沸いたのだ。
とは言うものの特別何か期待していたわでもない。ただの世間話で終わるつもりだった。
「あの事件について何か知っているんですか?」
私は思い切って声をかけた。
「・・・・・・はい」
男は神妙に答えたのだ。
私たちは簡単に自己紹介をした。男は佐藤と名乗り今から会社に戻ると言うのだ。ちょうど事件現場と同じ方向の駅だったので同道して話を聞くことになった。
ガラガラのシートに座ると男はとつとつと話し始めたのだ。
「別に僕は事件の本筋に関しては何か知っているわけではないんです。むしろその点についてはあなたのほうが遥かに詳しいと思います」
「僕はただ見ただけなんです。通勤で毎日この電車を使ってるんです。いつも同じ時間同じ場所で日課のように座っているんです」
「いつの頃から会社の駅の近くにある一軒家のバルコニーが目に付くようになったんです」
「派手な帽子を被ってお嬢様のように優雅な姿で新聞を読んでるあの人のことが気になるようになったんです」
「赤備と言いますか。全身赤コーデの見事さに惹かれて毎日目で探すようになっていました」
「ほぼ毎日同じ時刻に通りますが毎回同じスタイルで優雅に新聞を読んでるんです。僅か数秒だけの邂逅を楽しみにしてたんです」
佐藤さんは一息つくとゆっくり窓を見た。
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