死亡判定

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 もう長い間同じ天井ばかりを見続けている。  この天井を見続けることになるとは想像もしなかったころ、目が覚めて驚いた。体が動かない。目だけが、それも狭い範囲しか動かせない。一応知識としてこう言う症状があることは知っていたが、まさか自分がそうなるなどと誰が予想できようか。こうなった初めの頃は家族も見舞いに来ていたが、私が日を数えることをやめた頃にはもう家族も来ることは少なくなった。家族が来ているうちはよかった。来なくなってからは一日が段々と長くなっていった。よく陽が射す部屋で、時の流れはある程度は分かった。部屋の温度はほぼ一定で余計に感覚を狂わせる。慣れない匂いも時がたてばそれが普遍化する。  もう何年も経ったように感じたある日、両親が私の下にやってきて泣きながら             ーもう会えなくなるんだねー と一言残して離れていった。薄々感づいていたが脳死判定になったのだろうか。それとも両親が苦渋の選択を迫られたのか。どちらにせよもう助かる余地がないことだけが明らかだ。もう治ることのないのなら、狂ってしまいそうな毎日を送るぐらいなら、と私は悲しみの感情など出てきもしなかった。  もうあと幾ばくも無い時に、今まで一度も顔を見せなかった姉が来た。姉とは仲が良い方ではあったのだが、親がどうしても姉の進路を認めず、大学進学と共に家を出てしまった。そんな姉との久しぶりの対面がこんな形になってしまうとは。それから姉は、私に大学のことや、卒業して夢を叶えたこと、彼氏もできて毎日辛いが楽しんでいること、連絡も取らなかったせいで私がこんな状態になっていることを知らなかったと悔いたことを半泣きで話してくれた。最後に姉は「会えてうれしかった」とだけ言い残し振り返らずに部屋を出て行った。  姉と会って忘れていた感情が蘇った。今まで忘れていた記憶と共に。そして怖くなった。死にたくないと、そう思うようになった。姉を恨んだ。急に出てきたと思えばとんでもない爆弾を残していった。悲しみと、焦りと、恐怖と、今まで親孝行もできずに死んでいく申し訳なさとが、感情の奔流にのまれ混ざっていく。それでも人間らしく死ねることだけが救いだと、そう思った。死ぬ覚悟もできないまま、残酷にもその日は来た。私は後悔の念を抱きながら死んだ。余りにも短く永い時間だった。  
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