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1. 博士課程3年・3月・下旬
1. 博士課程3年・3月・下旬
三月の大学は静寂に包まれているんだ。授業がないから、学生達は帰省したり、卒業生は卒業旅行へ出かけたりする。でも、大学の組織は、水面下で、卒業生・修了生を輩出するための手続きのために、最も機能している、あるいは、しなければならない時期なんだ。その機能のゴールは、「卒業式」。
僕はそのゴールで、十年間という大学生活にピリオドを打ち、「博士」という学位を手にする。
卒業式。学部生・修士課程学生・博士課程学生、合わせて、二千五百人くらいはいようか、就職活動でくたびれきったスーツ、着物、各国の民族衣装、何か得体の知れないアニメか何かの衣装、などを身にまとい、一同に大学のメインホールに集結した。
卒業式の始まりを告げるファンファーレが堂内に鳴り響いた。大学のオーケストラによるファンファーレは、この街、ステラシティに降りしきる雪を、このホールを中心として、徐々に溶かしていくかのように、そして、この閉鎖された空間の中だけは、春のような暖かさと、華やかさを醸し出した。
ファンファーレの後、卒業式の開会の挨拶となり、大学総長の告辞が僕達に対して贈られるんだ。「皆さん、卒業・修了おめでとう――君たちは、国家、あるいは企業の要職に就き、その任務を遂行することによって、明るい未来の世界や我が国を築き上げていく――必ずや、日本の、そして世界の明日の姿をたしかなものとしていくはずです。皆さんのご健闘をお祈りします」といった、ありきたりで、どこの大学でも読み回しが通用しそうな原稿を、威厳を醸し出しつつ、形式的に、棒読みする。とても滑稽だね。
その後、各学部の各学科、各研究科の各専攻の総代、いわゆる『首席』が壇上に上がり、大学総長から学位記が授与されるんだ。中には、「――心から愛している。俺と結婚してくれ!!」と、その場を借りて、壇上からプロポーズをする学生も数名いる。まったくもう。首席からのプロポーズの返事がどうかは、僕は気にならない。大概、答えは判りきっているんだ。しかも、このようなパフォーマンスは、慣例化していることなのだ。そんなプロポーズを込めた学位記は、改めて別の場を設けて、学科長・専攻長から個々の学生へと授与される。
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