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齢はというと、30ともなるやもめの男。娶る話はいくつかありましたが、どうにも上手く収まらず、独り身を通しておりましてね。
なんというか、陰気が深かったんでございましょうな。みのさんの近くにいるとなにやら寒くなる、とひそひそ囁かれることもありました。とはいえ、巳之助は勤勉で真面目な男でございまして、多少愛想がなくとも、振売りとしていくつか出入りするお得意さまを持ち、少なくとも食べることには不自由することなく暮らしておりました。
ある日のこと、というのはこれまた便利な言葉でございますね。なに分昔のことで、詳しい日はわかりません。雨が降りそうな、どんよりした雲を野菜の入った籠と一緒に背負っているような日だった、ということだけお伝えしておきましょう。
その日巳之助は、得意先で少ししくじりました。これは巳之助にとっては珍しいことでございまして、陰気だとは言われても真面目な人柄ゆえ、そういった不和を起こすような男ではありませんでした。何をしくじったかというと、番頭さんの不興をかってしまったんです。普段は、巳之助を相手にしてくれるような方じゃないんですが、その日はたまたま、いつもやりとりしているお屋敷の小屋に番頭さんしかおりませんでした。
虫の居どころが悪かったんでございましょう。巳之助にとったら、不運でございました。
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