第二章 指名手配犯の騎士

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 僕は海の方へと歩き出す。丘の上からは手を伸ばしても届かないとわかっていても、伸ばさずにはいられなかった。すぐそこまで見えているのに遠い。無我夢中で海を目指すが、ほどなくして手に固い感触を得る。硬く平で景色を見えない壁のように隔てている。気づけば開けた風景は再び閉ざされたリビングへと戻っており、手で触れていたのはまさしく壁だった。  母さんを見やると依然困ったような笑みを浮かべていた。そして彼女の口が動く。この時母さんはなんて言ったんだっけ? 思い出せない。母さんの姿が、リビングの景色が薄れていく。次第に何を見ていたのかも曖昧になっていくーー 「かあ、さ……」 「起きたか」  聞いたことのない少女の声に勢いよく身を起こした。驚きと混乱で直前まで見ていた夢の内容はもう忘れてしまったが、「母さん」と寝言を言っていたような気がする。目の前には僕が助けた少女が地面に腰を下ろしていた。目尻はつり上り、琥珀色にきらめく瞳が冷たく僕を見据えている。僕は恥ずかしさに顔が熱くなった。 「い、今のは、その……」 「そんなことはどうでもいい」  取り繕う間もなく一刀両断されてしまった。それにしても、命の恩人に向かって言う言葉にしては冷淡すぎる。角度によって橙色にも見えるその瞳は僕を鋭く刺すように睨みつけている。もしかして怒っている? あ、僕が勝手に服を脱がしたことにご立腹なのだろうか? 「あの、服のことは、なんというか仕方なかったというか……」 「……ぜ……た」 「え?」 「なぜ私を生かしたのかと聞いている」     
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