第一章 桎梏《しっこく》の塔の強襲

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 リビングはミシェルが去ると僕と母さんだけの極めて落ち着いた空間となる。母さんも僕も温厚な性格である一方、誰に似たのかミシェルはよく言えば快活、悪く言えば落ち着きのない騒がしい性格だった。 「あなたたちは毎朝毎朝飽きないわねぇ」朝食を作り終え、自分の分の食事をテーブルまで運んできた母さんは困ったように笑いながら言う。 「先に仕掛けてくるのはあいつだよ」 「それに律儀に返してるじゃない。まったく、仲が良いんだか悪いんだか」  母さんとのこの会話ももはや十数年の日課である。そしてこの次の会話は往往にして僕の勉強についてだ。「ところで、今日は何をお勉強するの?」それに僕も淡々と答える。「今日も昨日の続き。東南の棚の115段目から30段くらいかな」  ミシェルが魔法学校での学修を課されているのに対し、僕はこの広大な地下書庫での学修を定められていた。なんでも個々の適正によってそれぞれの学習方法が政府によって定められるそうだ。確かに、書物を自分のペースで読み進めるこの学習方法で僕は順調に魔法を習得していた。幼少期には毎日上階へ出かけるミシェルを羨ましいと感じたこともあったが、今となっては学校へ通い大勢の中での学習など考えられない。  そうはいっても、この制度に疑問をまったく抱いていないわけではなかった。その最大の理由は通学目的ではもちろん、そのほかの外出も全て禁じられているという点にある。それは母さんも同じようで、食料や生活必需品などは全て支給されていた。地上の様子は本や魔法を通して垣間見ることはできたが、僕が直接介入できない世界を眺めても、毎度虚無感を助長させるだけの結果に終わるのだった。  しかしこの「教育課程」を終えれば、外界との繋がりが持てるのではないかという希望もあった。そのために今は目の前の勉学に励むこと。それが今僕にできる精一杯の努力だと言い聞かせ、今日も本を手に取る。十余年この書庫で学習を続けてもなお半分以上の書物が残されている現実に打ちのめされそうになりながらも、いずれ血肉化した知識と技術を社会で役立てられればと必死だった。  そんな日々が、この「教育過程」が終わるまで続くものと当然のように思っていたーーこの日までは。
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