第一章 桎梏《しっこく》の塔の強襲

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「シャルル、よく聞いて」  紫がかった青にきらめく母さんの双眼が僕を見据える。僕は射抜かれたようにその瞳から目を反らせない。「この塔はいずれ全焼するわ。書庫の本も一緒に焼失してしまう。その前にできるだけ多くの技術をあなたは本から吸収して」今にも泣き出しそうな顔で母さんは言った。「酷い要求だと思うでしょう? 真っ先にあなたを安全なところへ逃がすべきなのに、母親失格だって……そう思うでしょう? でもね、長い目で見てあの書庫の本の知識と技術はあなたを救ってくれるわ」  徐々に入り込んできた煙のせいか、意識が朦朧とし始める。母さんが言っていることが理解はできても受け止めきれない。しかし迷っている時間はなさそうだった。 「あなたが使っている机の一番下の抽斗(ひきだし)の奥に、短剣が隠されているわ。それがあなたの魔力表出媒体よ。本当ならもっと後で渡す予定だったけれど……」母さんは一瞬口ごもるが、すぐに我に返ったように続けた。「その短剣を使って本を読んで。媒体のなかった今までよりも格段に理解するスピードが違うはずよ」  机の抽斗? 隠された短剣? 初めて知る事実に脳の処理が追いつかない。うまく回らない頭で僕はなんとか言葉を絞り出した。「ミシェルは?」 「ミシェルは帰宅の途中だったみたいだけれど、さっきテレパシーで逃げなさいと伝えたわ。だけどあの子のことだから、心配してここへ戻ってくるかもしれない。その時はシャルル、あなたがミシェルを連れ出して逃げて」 「逃げるって、どこへ!?」切羽詰まって普段の僕からは考えられないほど声を荒げてしまう。 「説明は後よ。あなたはとにかく書庫へ戻って。まだ書庫まで炎が届くには時間があるわ。大丈夫、あなたなら直前でも逃げられる」 「母さんはどうするんだよ!?」 「母さんはね……やることがあるから」そう呟くと次の瞬間には僕の背中を強く押した。「行って! そして二人で生き延びて!」  これが母と交わした最後の会話となるとわかっていたなら、もっと真っ当な別れの言葉や愛の言葉を伝えただろうに。そうとは知る由もなく、僕の体は操られたかのように書庫へと向かい、机の抽斗を開けた。
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