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無菌室の功罪
「無菌室で育った私には、世界はあまりにも醜悪すぎたの。それなら全てを壊してしまおうと考えても仕方の無いことでしょう?」
空虚な目で、彼女は言った。
微笑みが、ここまで非人間的に見えることがあるなんて、僕は知らなかった。
…これなら、人形の方がまだマシだ。うすら寒い恐怖を覚える日本人形だって、まだ可愛げってもんがある。
なんて残酷なんだろう。
…彼女が、じゃない。
彼女を取り巻く世界の全てが、だ。
彼女が可愛くて仕方がなかった。そりゃあ、彼女の両親がそう思うのはしょうがないさ。
一人娘で、それに実際(もっと人間的に笑えたらだけど)可愛いと思えるわけだし。他人の僕も。
だけど。いつか必ず子供は大人になるのに。
…いつか必ず、親は死ぬのに。子供を残して。
彼女が大人になっても、現実世界を見せなかったのは、それは彼女に対して残酷な仕打ち以外の何物でもないんじゃないのか?
…現に、彼女は。
彼女の足下には二つの死体。彼女の両親だ。血塗れの彼女が無機質に笑う。まるでB級ホラーだ。
「あんな風に殖えるなんて有り得ないわ。そんな風に産まれた私の存在だって許せないの。」
相変わらずの、抑揚の無い声がそう説明する。
言わんとすることは、分かるような分からないような。
何をそんな潔癖なことを。そう思うのは、僕が良い意味で適当に育てられてきたからだろうか。
果たして。
この親子の間で何があったかは分からない。年頃の娘だし、結婚の話題でも持ち上がったんだろうか。
「そうやって私を産んだこの人たちも、許せなかったのよ?」
彼女は淡々と語り続けている。誰に?
僕はため息を一つ。これ以上罪を重ねさせるわけにはいかない。僕の任務。
この世には醜いことも残酷なことも多いけど、それでも。美しいものも、いとおしいものも在るんだってことを、彼女がいつか理解できたら良いと思う。
…そんな日が来るか、僕には分からないけれど。
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