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神様と私のあおい部屋。遠路はるばる異星人が襲来しても、流星が、眼前に際限なく広がる菜の花畑に落とされて火の海になっても、かわらない、あおい世界。
外からの交信を受ける通信器からは最近はとんと音沙汰なく、なんの情報も入ってこない。ここ半年の間に電話が鳴ったのは三度だけ、どれも全て異星人の襲来を報せるための緊急連絡だったが、避難しようと重い腰を上げたときには既に異星人はこの世界に降り立ち、私たちはシェルターに逃げ込む時間的余裕がなかった。一時的に張り巡らせた結界の内側で、私と神様は、楽園が惨状と化すのを、ただ黙って見つめていた。
菜の花畑が火の海へ。流星は異星人が振り回す槍に突かれて爆発し、爆ぜた火の粉が可憐な花々を凌辱する。私たちが丹精込めて育てた花木は根元から折れて、声にならない悲鳴が空気を震わせる。宙を飛んでいた蜜蜂は一匹残らず焼き払われ、零した蜜と噴き出る血潮が混じる様は、朝食のパンケーキにかけた蜂蜜と苺ジャムが綯い交ぜになったあの瞬間を思い出させる。そんな可愛らしいものではないけれど。つい数分前まで眼に痛いほど澄み渡っていた蒼穹は今や薄墨色の雲に覆われて、地上の火の海を反映して炎々と燃えあがる。火の手が強まるにつれ、弱まるにつれ、空には火影が濃淡様々に映り、それがまるで幽霊のようだった。それでも私は怖くはなかった。おどろおどろしい姿をする異星人がこちらに狙いを定めて攻撃し、守ってくれる唯一の結界が幾度弛んで破れそうになっても、決して怖くなかった。それなのに、私は、神様と手を繋いだ。
「狡いね」
神様はそう言って笑った。今ここに広がる惨劇を端に映しつつ、私を見る瞳は、凪いだ海のように穏やかだった。
「本当ね」
私も微笑を湛えて答えた。怖くないのに縋るように手を繋ぐのは、罪深いことだ。
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