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今朝はいっとう澄んだ空気に強烈な陽射しだ。腐乱しはじめた死骸を避けて散策に出た。神様は血の匂いが嫌だと言って頑なに家の外へ出たがらなかった。
「お土産によい香りのする花を持ち帰ってあげるからね」
神様は少し嫌そうな顔をして、手をぶらり、垂らしたまま無言で見送った。
蠢く純白に時折混じる黒点に、少し恐怖を感じている。黒は何色でも塗り潰せるから、あおい世界そのものを奪ってしまえそうだ。けれど、この弱弱しいあおが、決定的な黒に混ざるほんの一瞬、マーブル状に絡まっていく、かろうじて眼に見えるそれを、私は見たいと強く希望する。黒と黒の隙間、神経一本分もないその細い隙間に、あおが浸透する瞬間。すぐに呑まれて黒に統一されるあおの悲しみ、遣る瀬無さ、侘しさを、そこに見出すことになるだろう。自分が少数派であることに対しての慰めを、そこから得るだろう。黒に屈し、混ざり合い、その深層で沈黙を守って只管黒の影として生きるあおに、自分を重ねるはずだ。
紋白蝶の翅の黒点を流し目に留めながら、先へ進む。心細くなっても、神様を呼びに引き返したりしない。きっと神様の方が泣いてしまう。紋白蝶は鱗粉を華麗に散らしながら死骸を包み込み、腐りはじめた血や脂肪を舐め取る。跪きたくなるような気高い純白に彩られた蝶の翅は、次第に真朱色に染めあげられ、一種畏怖を呼び起こすようなグロテスク的様相を湛える。擦れ合う翅の協和音はフードを被って聞こえないようにする。この音は、私をどこかへ連れ去ってしまいそうだ。
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