6人が本棚に入れています
本棚に追加
なんとか男に見つからず、駅舎に入り込むことができた。
現在停まっている汽車は、出発時刻が迫っているようだった。
本当は手続きを済ませ、高額の乗車券を買わなければならないのだ。
しかし今はそんな余裕もない。代金は後でなんとかすればいい。
リーリエは車掌の目をかいくぐり、乗車口へ向かうと、そのまま汽車に飛び乗った。
出入り口のすぐ傍で、壁に寄り掛かり、ようやく一つ息をつく。
――――この汽車、どこへ行くのかしら。
行き先なんて分からない。それはもう、後で知れば良いことだった。
とにかく、この地を離れれば、ひとまずは安全だ。
「君、乗車券は?」
不意に声を掛けられ、リーリエはハッとして身を起こした。
客室の巡回をしていたのか、通りがかった車掌が声を掛けてくる。
「乗車券を出して」
その目はリーリエを眺め、訝しげに歪められた。
無理もない。今のリーリエは髪も乱れ放題だ。逃げる際に服はところどころ破れ、ひどく汚れていた。
「あ、あの」
「持ってないのかい? 無断で乗車するなんて……」
さらに目を細める車掌に、リーリエは慌てて返した。
「ま、待ってください。買うわ。買います」
幸い、買い物の際に肩からかけていた鞄はそのままだったのだ。
急いで財布を取り出すものの、中の金額を見て、胸に鉛を詰め込まれたような感覚になる。
とてもじゃないが足りない。
車掌はそれを見ると、呆れたように息をついた。
「どう見ても足りないだろ。一度降りて、金をかき集めてくるんだな」
その口調はだんだんと容赦がなくなってくる。
「また別の汽車に乗ればいい。ほら、さっさと降りてくれ」
その時リーリエは、視界の端に追手の男を見つけた。彼は駅舎を行き交う人に紛れ、きょろきょろと何かを探している。
リーリエは泣きそうになって車掌を見上げた。
「お願いです。この汽車じゃなきゃ駄目なんです」
相手はひどく眉を曲げた。
「そういう奴をいちいち乗せてたらどうなると思う? 商売あがったりだ」
不意に、汽笛が鳴った。
腹の底に響くような、長い音が鼓膜を震わせる。
「出発の時間だ」
車掌は顔を上げると、再びリーリエに向き直った。その手がこちらの肩を掴む。
「いい加減にしろ。さあ降りるんだ」
最初のコメントを投稿しよう!