第一章 追われる少女とイカれた男

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 汽車から押し出されそうになり、リーリエは声を震わせた。 「待って、おねが……! そうだ、これを」  金を押し付けた上、身に着けていた美しい腕輪を、車掌に差し出した。それなりに値打ちのあるものだ。  本当は渡したくなかった。以前父からもらった、大切な腕輪だったのだ。今では形見ともいえるものだが、もう他に渡せるものはない。  車掌の目が丸くなる。そして意味ありげに細められた。  興味深げに腕輪を見下ろすと、肩を掴んでいた手を離す。 「ふうん、私はそんな物では……」 「ね、いいでしょ? 見逃して」  リーリエは必死に笑みを浮かべて差し出した。 「それなりの値段で売れるわ。乗車券よりも高く」  汚いやり方だと分かっている。父のくれた物をこんな風に使いたくなかった。  しかしここで降りれば、間違いなくあの男に捕まり、殺されてしまう。  泣きそうになりながら笑みを貼りつければ、相手は口の端を上げてそれを受け取り、懐へと隠した。 「まあ今回は見逃してやる。次はないぞ」  そう言って元のすまし顔に戻ると、何事もなかったようにこちらを見下ろした。 「向こうの客席が空いてる。クインズベリーまでは長いからな」  ちらりとこちらを一瞥し、さっさと客室の向こうへ消えてしまった。  再び汽笛が鳴り響く。  それは伸び伸びと辺りに鳴り響き、やがてゆっくりと車両が動き始めた。  シュッシュッと煙を吐き出す音が聞こえる。  視界の端で、追手の男はまだ駅舎をうろついていた。  リーリエは身を竦める。  視界はだんだんと流れて行き、とうとう彼に見つからないまま、蒸気機関車は駅舎を出発した。  煙を吐きながら汽笛を鳴らし、まだ見ぬ地へと走り出す。  リーリエはようやく、大きく息を吐いた。 ――――クインズベリー。  車掌は確かにそう言った。  確か父も口にしていた。調べ物をしながら、ぶつぶつと「クインズベリーに行けば……」と呟いていたのだ。  本当なら、婚約者のいるシーメルに行けば良かったのかもしれない。  クレイグは真面目な男だから、リーリエを助けてくれるだろう。けれどきっと、リーリエと関わることで、彼も危険に巻き込まれてしまう。  ならば、もっとどこか別の地に行くべきなのだ。  そしてクインズベリーは、父の求めた秘密の眠る場所だ。  そこへ行けば、彼が殺された理由も分かるかもしれない。
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