第一章 追われる少女とイカれた男

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 リーリエはふっと窓の外から遠くを見る。  景色は流れ、もうウィスマルクは小さくなっていた。  今まで自分の生きていた世界が、嘘みたいに小さく見える。  これから行くのは、まったく知らない場所だ。  クインズベリーは女王が治める、美しく煌びやかな町だと聞いている。  着の身着のままで出てきてしまった自分は、もう一銭も持っていない。  見知らぬ町で、うまく暮らしていけるだろうか。  機関車は走り続けている。窓の外に、もう故郷は見えなかった。  あるのは緑の木々と、抜けるような空だ。  世界はいつもと同じように穏やかで、美しく、それがひどく残酷に思えた。  まるで自分だけが見捨てられ、置いて行かれてしまったみたいだ。 「……あ、」  外を眺めながら、不意に涙が零れ落ちた。  追手から逃げられて、気が緩んだためかもしれない。  唐突に恐怖と悲しみが堰を切ったように押し寄せてくる。 「……わた、し……」  さっきまでいつもと同じ日を過ごしていたのに、なぜこんなことになってしまったのだろう。  本当は怖かった。  あの死体を見た時、泣き叫びたいほど怖くて、悲しかったのだ。  床に流れた真っ赤な血。伸ばされたまま固まった手。  息遣いは消えてしまった。彼はもう動かないし、喋らない。どこにもいない。  リーリエがのんきに買い物をしている間、無残に殺さたのだ。  間に合わなかった。助けられなかった。  かわいそうなお父さん。 「だ、誰か……」  視界が滲み、涙が溢れ出した。 「だれか助けて……」  もう一人でいるのが嫌だった。  拳銃を持っているのが怖かった。形見の腕輪はなくなってしまった。  誰かの温もりが恋しい。恋しくてたまらないけれど、すがる相手もいない。  誰もいない扉の傍で、リーリエは馬鹿みたいに泣いた。  道に迷った子どもみたいに、幼稚な嗚咽を漏らした。  汽笛の音も聞こえなくなるほど、ただ一人で泣いていたのだった。
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