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緑の木々に囲まれた、小さな町ウィスマルク。
家々の屋根や壁は、どれも穏やかな色をしている。
広場には小さな噴水があり、こぼれるしぶきが陽の光を反射していた。
その傍では立ち話をする婦人たちの姿が見られ、すぐ横を子どもが駆け抜けて行く。
高らかに、汽笛の音が鳴り響いた。
この町で唯一大きな建物である駅舎に、黒々とした蒸気機関車がやって来たのだ。
青い空にもくもくと煙があがっている。
それは町のはずれにある、子爵家の屋敷の窓からも見ることができた。
窓の外には家々が立ち並んでいるのが見える。
連なる建物の向こうに噴水があり、さらに向こうに、駅舎とそこから伸びる線路が見えた。黒い車両が、小さなおもちゃのように停まっている。
「リーリエ、汽車が気になるのか?」
陽射しの差し込む部屋の中、机に向かいながら、壮年の男が口を開く。
「クレイグが来るのは来週だろう」
外を眺めていた少女は振り返り、不服そうに眉をひそめた。
「違うわ、眺めていただけよ」
「そうか。――まあどのみち、いずれは彼を待つことになるだろう」
ぐぐっと伸びをすると、男は再び机に向かう。
机にはたくさんの本が置かれ、ごちゃごちゃと重ねられていた。男はその一つを熱心に読み込んでいる。虫眼鏡を通し、小さな文字の羅列を追っていた。
そんな彼の姿を見て、少女は表情を緩めた。
「お父さん、また何か調べてるのね。少しは休憩したらどう?」
「そうは言ってもな。時間をかけねば分からないこともある」
少女はもの言いたげな視線を向けた。
「それはいいけど……そろそろ教えてくれない? 一体何を調べてるの?」
「お前にはまだ早いよ」
男は本を突き刺すように眺めたまま、振り向きもせずに言った。
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