女王様と俺

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「…痛…」  頬を抑えて顔をしかめる徹を突き飛ばして、足音も激しく生は車に向かう。  が、車のドアに手をかけたところでふと何かを思い出したらしく、振り向いた。 「そういや、言い忘れてた」 「…何?」  目を向けると、生はにいっと笑って唇に人差指をあてた。 「間接キス」 「は?」 「江口君と」  唇をちいさくすぼめた後、ちゅっと人差指で投げキッスを送る。  今日一番のあでやかな笑顔を徹の目に焼き付けて。 「じゃあな」  あっけにとられる徹は置き去りに、車は見る見るうちに小さくなった。 「江口と…?」  徹は一瞬、地面に自分の足が沈み込んだような錯覚を覚えた。   「あああーっ、そうだ、そうだった!!さっき、江口がチューされたんだった!!」  指差された江口は資料を両手に持ったまま、うつろな眼差しを返す。 「・・その前に、立石さんが長谷川さんの唇を無理やり奪ってましたよね…」  間接キス返しか。 「そうだよ、それもそうだった。・・・なに。それって、嫌がらせかよ、悪魔だな、あいつ」 「嫌がらせされたのは立石さんだけですか?それとも俺も…?」  背筋に寒いものを感じて江口は身を震わせる。 「つうかお前たち、昼間から何してんだよ…」  頭を抱える岡本の後ろで立石は憮然としたままノートと筆記用具をかき集めた。 「立石、女はごまんといるってのに、なんでよりによってそんな女に…」  同情の声をひと睨みで封じ込める。 「そもそも、そこでそのセリフ、お前、馬鹿だろう?いや、馬鹿だったんだな?」 「ああ、そうだよ、馬鹿だよ、おれは!」  獣のように唸りながら頭をかきむしった。 「せっかく、いい雰囲気になるとこだったのに・・・」 「・・・あの?もしもし?俺たちの会話聞いてた?徹くん?」  いや、そもそもキス自体が仕組まれた可能性が高いという事実からすっかり目をそむけている。 「とにかく!!」  がん、と机を一発拳で叩いてから言った。 「会議の時間だろ、行くぞ」
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