振袖

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振袖

 友達が成人式に、それは見事な振袖を着てきた。  母方の家に代々伝わる品で、かなり高価な物らしい。  あからさまに自慢こそしないけれど、その振袖を着た友達はかなり得意げだった。  その友達と後日会ったら、成人式以来すっかり和装に嵌ったとかで、前と同じ振り袖姿をしていた。  着物を好きになるのは個人の自由だけれど、振袖は晴れ着だから、普段は着ないでいるのが正解なのではないだろうか。  それとなくそう伝えてみたけれど、友達は私の言葉を聞くふうもなく、今度はひたすら振袖の自慢をしてきた。それがどうにも苦痛で、しばらく彼女とは疎遠にしていたのだが、先日たまたまその友達と顔を合わせた。  やはり友達はあの振袖を着ていたが、艶やかな着物が不釣り合いな程痩せこけ、今にも倒れそうな容貌になっていた。  何か病気でも患っているのかと聞いてみたが、そんなことはないという。  相変わらず振袖の自慢ばかりする。でもその話を苦痛と思う以上に、私は友達の具合が案じられてならなかった。  会話の間にも、友達の顔色は目に見えて悪くなっていく。そのせいだろうか。逆に、振袖の花柄がいっそう艶やかに見えてくる。  さっきより花が赤い気がする。葉や茎の緑が濃くなった気がする。  でもそんなことはありえない。総て私の気のせいだ。  そう信じ込もうとした私の眼前で、決して起こる筈のないことが起こった。  着物の模様の蕾が一つ、緩やかに咲き始めたのだ。  目の錯覚だと、冷静に考えればそう思ったに違いない。でも対峙している友達の姿を見ていると、彼女の精気を吸って着物の花が開花したようにしか見えなくて、私は友達との会話を無理に終わらせ、彼女を残してその場を去った。  友達の訃報を受けたのは、その日から一週間と経たぬ内のことだった。  もちろん悲しかったけれど、それ以上に、私の意識からはあの振袖のことが離れなかった。  友達はあの振袖に精気を吸い尽されて死んだのだろうか。どう見てもそうとしか思えなかったけれど、それを友達の家族は知っているのだろうか。今、あの振袖はどうなっているのだろうか。  葬儀の席ではとても聞けなかった諸々のこと。  今度は改めてお線香を上げに行った時、それをご家族に尋ねてみようと思っている。 振袖…完 
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