2.リョウとサヤ

60/73
43460人が本棚に入れています
本棚に追加
/449ページ
父の顔色にわずかな動揺が浮かぶ。 約10年前のクリスマスイブ、『宮の森リゾートしろがね』のリニューアルオープンに合わせて行われる親戚の結婚式のため北海道に行った。 深夜、すべてが氷で出来た美しいチャペルに忍び込んだ俺とヒトミは見てはいけないものを見てしまった。 父が元愛人で氷彫刻師(アイスビルダー)でもある伊東香と密会している場面。 『しろがね』は父が20代前半、宮の森リゾートに入って初めての仕事だった。ふたりの合作で恋愛関係に走るキッカケになった白銀チャペルで父は女を抱きしめ『何もかも捨ててやり直したい』と復縁を迫っていた。 ショックだった。 『何もかも』には地位も名誉も金も、家族すらも含まれていたからだ。 相手が『夫と娘を愛しているから応えられない』と言ったから父は父のままだったが、分水嶺なんて本当はあってないものだと知った。 「お前が加賀美に女の子を連れて行った事は知ってる」 「うわっ。なんだよ。漏れてたのか……」 「どうだ。苦しいか。それとも楽しいか」 苦しいか? 楽しいか? そんなの決まってる。 「死ぬほど苦しいよ」 「そんなもんだ」 何を思い出したのか、唇の端を上げて苦笑いをしている。 「綾。その子を連れて来てみろ。そしたら認めてやってもいい」 今日で親子関係は終わるだろうと本気で覚悟して来ただけに、意外すぎる答え。
/449ページ

最初のコメントを投稿しよう!