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「……ヒトミ、ごめん。急にあんな事言ってしまって、本当にごめん」
ぱっと持ち上げた顔は、思いの他明るかった。
「リョウ、頑張ってね。リョウが幸せだったらそれでいいかもって、半年経ってやっと思えて来たんだ」
へへへ、といつものリスっぽい可愛らしい笑顔。
「私も幸せになりたいし、もっと視野を広げるよ」
釣られてこちらも少しだけ笑顔になる。
「じゃあまたね! 仕事頑張って!」
「うん。またな」
「クビになるなよー!」
「バーカ」
ヒトミの本音の本音までは分かりかねる。額面通り受け取って、ヒトミがこのまま破談を受け入れてくれたとしても、結婚がビジネス戦略である以上、永山のおじさんが納得しない可能性も大いにある。
父は水面下で動いてくれているようだが……もう半年経った。一体いつになったら完遂するのだろうか?
早く、公的に、婚約者という立場をクリアしたい。
アキラからもさんざん口酸っぱく忠告を受けた。どうしても諦められなくてどうしても口説きたいならば、せめて身辺がクリアになってからやれ、と。
確かにその通りだ。グレーな立場の人間に口説かれたって困るだけだ。
エレベーターに乗って8階まで行くと部長と出くわした。
「おはようございます」
「大変な役を引き受けてくれてありがとう。皆にお披露目したら後はもう好きなようにやっちゃって」
他部署との兼任、名ばかり部長なだけあってかなり適当だ。
「はい」
「じゃ、行きますかー」
部長がドアを開ける。
深呼吸をして、ダイヨンに踏み入る――。
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