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仕事も順調に進んでいた。
現状営業人員は2人だが、ここ最近のダイヨン実績を知った他部署の人間から業務内容について訊ねられることも増えた。
うまくいけば引っ張れる人材の目星も3,4人ついた。9月のハーフイヤー総会で冠を手にしたところで一気に彼らを口説き落とそう。
公私ともになかなかうまくいってるなとひとりでニヤついていると、ビリオンス社に行っていたサヤが帰って来た。
「お疲れ。あれ、薪菱は?」
「別件の呼び出しで行っちゃいました」
「そっか。もう誰もいないし報告明日聞くから、今日はもう帰ってもいいよ?」
「いえ、今日の商談で色々詰める部分が出てきたので、もうちょっとだけ頑張りますね」
ニコっと笑ってデスクにバッグを置く。PCを取り出す。座る。一連の流れに不審な点はなかった。
「サヤ?」
何故か分からない。何かが引っかかった。
「どうしたの?」
「何がですか?」
PCの画面を見たままでこちらを向こうとしなかったので立ち上がって真横に立つ。サヤは座ったまま俺を見上げて微笑んだ。具体的には分からないが、朝までのサヤと何かが違うと思った。
「何かあった?」
「どうしたんですか急に。何もないですよ」
そう言う瞳はわずかに潤んでいる。喉がごくんとうねる。口角がきゅっと持ち上がって微笑んでいるような表情になる。
違和感の正体が分かった。まぶたが腫れているんだ。ファンデーションをまぶたに塗っているのか、赤味はないが、いつもはすっきりとしているまぶたが重たい。
サヤは泣いていたんだ。そして隠すためにわざわざファンデーションを塗った。
「サヤ」
俺に隠したいことなのかもしれない。でも気づいてしまった以上このまま見過ごすわけにはいかない。
威圧感を与えないようにしゃがみ下から覗き込む。
手を握ると、外はあんなに暑いのに極寒の地で晒されていたのかと思うほど冷たかった。手首も、腕も血が通ってないようだ。指先が細かく震えている。尋常じゃない。手をぎゅっと握った。
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