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「言質を取ろうとしたって私は引っ掛かりはしない。私が脅した証拠でもあるのかね?」
「……いいえ」
「そうだろう。そもそもそんな話は事実ではないからな」
椅子にゆったり腰かけ、顎を持ち上げ、さぁどうすると言わんばかりに勝ち誇った顔でこちらを見ている。
「真中澪」
その名前を口にすると一瞬で顔色が変わった。化けの皮がベロンと剥がれるその瞬間を見た。
「お姉さん、死んでますよね、10年前に。ビルの屋上から飛び降りって、一体澪さんに何が――」
「気やすく名前を呼ぶなッ!」
きんきん耳鳴りがするほどの大きな声だった。殺気が全身からくゆり立ち、ここが会社でなかったら刺されていたかもしれないとすら思った。
俺は写真を取り出してテーブルに置いた。黒髪、涼やかな目、抜けるような白い肌。サヤとの違いは表情か。たまたまなのかもしれないが、取り急ぎ手に入れた真中澪の表情はどれも人形のように暗かった。
「本当によく似ている。でもサヤは澪さんじゃありませんよ。卑怯な手を使ってもあなたのものにならない」
真中は恨めしそうに俺を睨んでいる。危ない目だ、久しぶりに向こう側の人間を見た。
「ところで、正義の味方って知ってます?」
空気を変える明るい声で切り出してみる。
「……何だと?」
「悪いことをしたら神様が見ていて、正義の味方に依頼するんです。あいつの悪の道具を奪っておしまいって。あなたの大切なもの、正義の味方に奪われてないですか?」
真中がはっとして立ち上がる。ポケットからスマホを取り出し操作をする。ブルっと震えた。
「お前……ッ! 不正アクセスをしたな!?」
まさに阿修羅の形相。
「不正アクセス? なんのことですか?」
「この野郎! とぼけるな! 消えているじゃないか!」
「身に覚えがありません。心外極まりない」
真中がスマホを握りしめる。狂気と殺意を肌で感じる。
「事情が分からないですが、何か大切なものがなくなっちゃったんですね。残念でしたね」
再び椅子に座った真中は俯いてうち震えていた。悔しくて震えているのだろうか。
「……左海さん。面白い方ですね」
震えにはくつくつとした笑いが含まれている。どうやらおかしくて笑っているようだ。
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