4.アヤとキヨシ

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『神殿行こうよ』 こじんまりとした海中神殿は相変わらずそこにあって体験ダイバーと思わしき若者達がかわるがわる記念撮影をしている。 恋愛成就のスポット……と噂の場所。ここでインストラクターをやっている間、結婚式をするカップルを何組見ただろうか。 いつも他人事のように見ていたが……。 ノートにメッセージを書いてサヤに見せる。 『婚約破談になった』 文字を認めたサヤが驚いて視線を上げた。ゴポっと音が聞こえた。サヤの吐く泡が少なくなる。吐いて! とシグナルを送る。 OKのシグナルをが返ってくる。もう一言、書く。 『俺と結婚して』 今度こそ泡が止まった。だから息止まってる! 息吐いて! 慌ててシグナルを送る。 息が整ったサヤは何かこみあげたかのように手のひらで顔を覆った。マスクの中がどんどん曇っていく。泣いているのかもしれない。 サヤはマスククリアを行うと俺の手の中からノートを取った。 文字を書いている。 なんて言われるだろう。オッケーしてもらえるだろうか。っていうか海の中で一体何をやってんだ? 水中でプロポーズなんてしない方がよかっただろうか? もっと色々言葉を伝えた方がよかっただろうか? 不安に襲われ心臓が破裂しそうになる。 神様、どうか、どうかお願いします。 『よろしくおねがいします』 文字を見た瞬間昇華した。今までの苦労も涙も全部。 報われたんだ――そう思ったら膝の力が抜けて砂に手をついた。砂が一気に巻き上がる。涙が溢れる。マスクの中がじんわりと曇った。慌ててマスククリアをする。
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