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「リョウ……」
目の前にいる人が左海綾だと認めた瞬間、私は立ち上がって駆けだしていた。
逃げなきゃ。脳がそう指令を出した。
私はリョウを愛しているが、会いたいわけじゃなかった。
会ってしまえば、顔を見てしまえば、欲張りになってしまうから。求めてしまうから。
1周5分の島ではどこにも逃げられないと知っていても、走った。足裏の砂を撒き散らしながら、走った。すれ違ったゲストがキョトンとしている。
「清っ!」
私は追いかけて来たリョウに捕まった。リョウは私の肩をつかんで自分の方に向き合わせようとする。身を捩って必死に抵抗しているうちに私たちの足下は海に浸かった。
「離して! 何しにきたの!」
「清! 聞いて!」
「やだ! 帰って!」
「俺たちは兄妹じゃない!」
言葉が耳朶に届いた瞬間、自然に力が抜けた。
ゆっくり顔を上げる。リョウは真剣なまなざしで私を見ている。
久しぶりに対峙した。何年経っても大好きで大好きでしかたない人。
「確かに、清と左海純は間違いなく親子だ。でも俺と左海純、父との血のつながりはなかった。俺は父の子じゃなかった」
何も言葉が出てこない。足が震え、胸が潰れて弾けてしまいそうだ。
「母は、父を繋ぎとめておくために過ちを」
私は今、なにか都合のいい夢でも見てるのだろうか。
信じられなくて聞き返す。
「じゃあ、あの鑑定はなんだったの!?」
「母が、父の秘書と共謀して兄のサンプルを俺のものとして提出した。母は先回りで潰していたんだ、本人も認めたよ」
リョウが嘘つくとは思えない。
「ほんとにほんと……?」
「ほんとだよ。清が不安だったら、俺達で鑑定しよう」
じゃあ私達、恋愛、していいんだ。
いや……ぬか喜びはだめ。まだまだ不安材料がたくさんある。
「リョウは結婚……してないの……? ニュース、見たよ」
恐る恐る尋ねる。
「するわけないだろ! あんなの外堀埋めたい向こうが勝手にガセネタ流しただけだ。すぐに否定したし、その類の話は全部断ってる!」
「お父さんたち……」
「ここに来る前に全員納得させた! 清の両親も、俺の両親も! ……こんなに時間かかったけどな」
リョウの苦い表情で、親の説得がどれほど大変だったかが分かった。それでもリョウは、すべてをクリアにして私を迎えに来てくれたんだ。
「俺たちが結婚したら、3人は自身の罪を直視し続けなければいけなくなるが、それは罪を犯した者が背負うべき罰だと思ってる。でも俺は父や母や香さんを憎んでない。むしろ感謝してる。清と出会わせてくれてありがとうって」
せき止めていたものが壊れ、愛に満ちたあたたかな水が流れ始める。それは全身を巡り巡って、ついに涙になって溢れた。
涙が水面に落ち、海へ還っていく。
「逃げたいなら、またどこにでも逃げればいい。清が世界中のどこに逃げたってまた探すだけだから。俺は絶対清を迎えに行くから」
手が差し出される。
「清。一緒に日本に帰ろ」
私は、綾の手を取った。
薬指のダイヤモンドが太陽の光に輝いた――。
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