6.純と香 コオルリンゴ

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「スパイクは厳禁ですよ」 まだ何もないまっさらの雪原に降り立ち、完成予想図を眺めていた私の背中にいささか厳しい声が投げつけられた。 振り向くと迷彩柄のウェアにダークグレーのニット帽をかぶった女性が、白い吐息をくゆらせ、パウダースノーをさくさく踏みつけながら近づいてきた。 22、23歳くらい。どう見ても自分と同じくらいの歳にしか見えない女性は、やや顎を持ち上げ尊大な態度だった。 彼女は雪と同じくらいの白い肌で、氷にも負けない冷たい目で私を見ていた。アイスピックを喉元に突きつけられたようなえもいわれぬ恐怖を感じ、私は言葉を詰まらせた。 何故か彼女の涼やかな目から視線を外せられなかった。 彼女も無言でじっと私を見ていた。 空は雪雲でどんよりとし、風はない。小雪が視界を白くしていく。無声映画のような情景だ。 「あなたは?」 「伊東香(いとう かおり)です」 「あぁ。あなたが伊東さんですね」 私は彼女にしっかりと向き合った。 「宮の森リゾートの左海純(さかい いたる)と申します。私があなたにオファーをしました。ようやくお会いできて嬉しいです」 握手するために差し出した右手にも一切反応はなかった。私は苦笑して手を引っ込めた。
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