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「それで、スパイクが厳禁とは」
今、凍った雪で滑らないようスパイクブーツを履いている。
問いかけると香の視線がさらに鋭くなってたじろいだ。
「この仕事は危険かつ難易度が高い。そして悲しくなるくらい繊細です。スパイクは氷を傷つけてしまいます」
「あ、あぁ。……それは存じ上げておりませんでした」
「私が履いているこの靴は、濡れた氷をグリップする仕様でチーム全員が同じものを履いています。あなた方もこれを購入してください、と担当の方に事前にお伝えしていたはずですが」
その話は耳に届いていなかった。
「こちらの伝達ミスかもしれません。すぐに確認します」
「靴が到着するまでは、現場に一切立ち入らないでください」
と言いつけられた。
「一切ですか」
私は再び苦笑した。責任者が現場に立ち入れないとは……。
私と彼女の不穏な空気に比例して空も荒れ出した。雪が横面を殴りつけてくる。すっかり芯まで冷えて屋内に戻りたくなった。
「あなたは責任者かもしれませんが、現場ではただの素人ですから」
さらりと言われ反論する気も失せた。確かにこちらの無知や不手際で現場を荒らすわけにはいかないし、下手なことを言ってこの気難しそうな職人の機嫌を損ねたくない。
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