6.純と香 コオルリンゴ

4/59
43666人が本棚に入れています
本棚に追加
/449ページ
「それで、スパイクが厳禁とは」 今、凍った雪で滑らないようスパイクブーツを履いている。 問いかけると香の視線がさらに鋭くなってたじろいだ。 「この仕事は危険かつ難易度が高い。そして悲しくなるくらい繊細です。スパイクは氷を傷つけてしまいます」 「あ、あぁ。……それは存じ上げておりませんでした」 「私が履いているこの靴は、濡れた氷をグリップする仕様でチーム全員が同じものを履いています。あなた方もこれを購入してください、と担当の方に事前にお伝えしていたはずですが」 その話は耳に届いていなかった。 「こちらの伝達ミスかもしれません。すぐに確認します」 「靴が到着するまでは、現場に一切立ち入らないでください」 と言いつけられた。 「一切ですか」 私は再び苦笑した。責任者が現場に立ち入れないとは……。 私と彼女の不穏な空気に比例して空も荒れ出した。雪が横面を殴りつけてくる。すっかり芯まで冷えて屋内に戻りたくなった。 「あなたは責任者かもしれませんが、現場ではただの素人ですから」 さらりと言われ反論する気も失せた。確かにこちらの無知や不手際で現場を荒らすわけにはいかないし、下手なことを言ってこの気難しそうな職人の機嫌を損ねたくない。
/449ページ

最初のコメントを投稿しよう!