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予定よりも早く陣痛が始まり、連絡を貰って急いで出張先のグアムから引き上げたが、東京に着いた時には無事に生まれていた。
「すみません、遅くなってしまって」
「いえ。お仕事に影響を出してしまってごめんなさい」
病院の個室。春の腕の中におくるみをされた皺だらけの新生児がいる。
これが息子か……。
当たり前だが春は出産と不眠で憔悴していた。命がけで自分の子を産むためにボロボロになった妻を見て、自責の念が激しく迫る。
なんと声をかけていいか分からなかった。
ありがとう?よく 頑張ったね? 楽しみにしていた?
普通の夫が言うべき言葉を、どれも言えなかった。
「立合出来ず申し訳なかったです」
ようやくひとつ、そんな言葉が出た。
「立合なんてとんでもないです。綺麗でもありませんし、純さん、びっくりすると思います」
「何か、できることはありますか?」
春は小さく首を振った。
「この子のことは、実家の母やベビーシッターに助けていただくので、純さんはお仕事に専念してください。大変なんですよね、今」
「そうですね……」
息子が泣きだした。物凄い声量で面食らった。赤ん坊というのは、物凄いエネルギーを持っている。
「急に泣き出して、どうしたのかな?」
思わず伸ばした手は、さっとかわされた。
もはや、ばい菌だな……私は自嘲し手を引っ込めた。
春が今、どういうつもりで避けたのかは分からないが、確かに私は子供に触れていい手ではなかった。
「申し訳ない。実は、すぐに戻らなくてはいけなくって」
「そうですか。気を付けてくださいね。来てくれてありがとうございました」
結局、悟を抱かずに部屋を後にした。
帰りしな、赤ん坊を抱いた幸せそうな夫婦とすれ違った時、自分がなんなのかますます分からなくなった。
突き詰めていくと、自分の存在意義すら分からない。
私という夫は、本当に必要なのか?
私という父親は、本当に必要なのか?
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