6.純と香 コオルリンゴ

59/59
43490人が本棚に入れています
本棚に追加
/449ページ
突然、香が消えた。 本気で、すべてを捨ててまで駆け落ちをしようと考えていた矢先の事態だった。 父や祖父の手が及んだのか。 それとも事故や事件に巻き込まれたのか。 安否すら分からず気が気じゃないまま、私はひたすら探した。 ほどなくして妻から妊娠を告げられた。 その時ようやく『このせいか』と納得するに至った。 香は、意図的に私の前から消えたのだ。つまりもう会えないことを示唆していた。 香にそれを告げたのはどうせ父か祖父かどちらかだ。まさか春ではないだろう。 たった一回の、愛情が微塵もない行為でできた子、それが綾だ。 それから数年経ってようやく香の消息が耳に入った。 結婚して女の子を出産していたという内容で私はとんでもないショックを受けると共に混乱した。 戸籍を調べると、北海道に戻ってきていて確かに結婚していた。 夫は右城武。子供は清という名前になっていた。 男の子かと思ったが女の子だ。つまり『さや』だ。 清の誕生日は綾とほぼ同時期で、私はさらに混乱した。 時期的に逆算しても、自分の子供なのではないかと疑うには十分だった。 そうでなければ、私と付き合っている間に右城とも付き合っていたとでもいうのか? そんなこと、あるわけがない……。 その子に会いたくなった。 自分の子なのかどうか知りたかった。 愛する香との子なのかどうか、知りたかった。 私は北海道まで訪れ、清を探した。幼児のいる生活圏内なので探すことはさほど難しくなかった。 「清ちゃん」 ひとりになったタイミングで名前を呼ぶと、香にそっくりな可愛らしい女の子が振り向いた。 「おじさん、だれ?」 人懐っこい笑顔をして、こちらに向かって歩いて来る。 直感で分かった。この子は自分の子だ。 私と香の子だ。 絶対に右城武の子なんかじゃない、絶対に違う――。 火を噴くような衝動に駆られた私は自分を見失った。 彼女を連れさらって車に押し込み、あらかじめ用意したDNA鑑定キットを嫌がる彼女の口に突っ込んだ。髪の毛では精度が低く、口内の唾液が必要だったのだ。 清は泣き叫んで暴れた。幼児相手になんて酷いことをしたのだろうと後々猛省したが、その時の私はとにかく必死だった。 「何してるんですか!?」 「香……」 私の目的は完遂しなかった。 香は泣きじゃくっている清を無我夢中で救い出すと、私が手に持っていたものの意味を瞬時に理解し、奪った。 「どうして、急にいなくなったんだ」 「あなたとは終わったの! もう私に関わらないで!」 「この子は――」 「あなたの子じゃないッ!」 久しぶりに会った香は、当たり前かもしれないが怒りで溢れ、当時の愛情のかけらも感じられなかった。 彼女はもう母親で、他人の妻になっていた。 清に流れている血について、知ろうとしない方がいいのかもしれないと思った。 詮索しても、誰も幸せにならない。 私は確信をしながらも、飲み込んだ。 それから長い時が流れ、大人になった清と綾が出会って愛し合っているだなんて、思ってもいなかった――。
/449ページ

最初のコメントを投稿しよう!