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「あーら。三つ編おさげちゃんは、もう逃げちゃうのかなぁ?」
と、妖艶な声が背中にねっとりと絡みついてきたのだ。
本当は聞こえないふりをしなくてはならない声。
でも、あまりに憎たらしいその口調は、理性というブレーキを瞬時にぶち壊した。
「べ、別に逃げている訳ではありませんから!」
「ふふ、だって怖くなっちゃったんでしょう?」
挑発に乗って、もう一度店長の方へ視線を向ける。
私が突然大きな声をあげたにも関わらず、店長は穏やかな顔つきのまま、変わらぬ優しい瞳を向けてくれている。
でも私の目には彼の優しい顔は入っていなかった。
なぜなら私を釘付けにしているのは、店長の太ももの上にちょこんと腰かけた美女の姿だったのだから――
純白の和服を着崩し、透き通るような白い肌を大胆に露出した麗人。柳の枝のように細くてしなやかな腕を店長の肩に回している。
「ふふ、やっぱり女子高生はかわいいわぁ。わらわたちの仲むつまじい様子を見て、顔をりんごみたいに真っ赤にしちゃうんだから」
彼女の存在こそ、ここに来たことを後悔させた相手なのだ。
それもそうでしょう!
だって店長との面接にやってきたのに、若い女性といちゃいちゃ……もう口にするのも恥ずかしい!
不機嫌な表情の私を見て、ますます楽しそうに彼女は口角を上げた。
「やっぱりわらわのことが怖いのよねぇ。それともこうして若い男女が『仲良く』しているのを見て、恥ずかしくなっちゃったのかなぁ?」
ついに堪忍袋の緒が切れた私は、きりっと彼女を睨みつけると、突き刺すような鋭い声を上げた。
「見逃してあげようと思ったけど、もう怒った! 今すぐそこから離れなさい! さもなくば……」
「さもなくば?」
彼女がふざけた口調で言葉の続きを促してくる。
私はスクールバッグの中に手を入れて、「あるモノ」を探った。
そしてその感触を確かめるなり、ずばりと言い切った。
「退治するわよ!!」
と……。
そう。目の前で店長にべったりと絡みついている美女は、この世の者ではない。
なぜなら彼女の艶やかな黒髪の間から覗いているのは……。
狐の耳なのだから――
つまり彼女は「あやかし」なのだ!
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