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「悪しき霊よ! 黄泉の彼方へ退散しなさい!!」
女狐の真っ白なひたいへ向かって、お札を突き出した。
……と、その瞬間だった。
バシッ!
と、手首が店長に掴まれたのである。
「えっ?」
いったい何が起こったのか理解できずに、固まってしまった私。
そんな私の手から、店長はお札をそっと抜きとった。
「これは素晴らしい護符(ごふ)だね。さすがはウメ様だ」
「えっ? なに? おばあちゃんのことを御存じなのですか?」
なおも混乱して目を回している私をよそに、店長は穏やかな笑みのままゆっくりと手を離すと、小さく頭を下げた。
「ごめんね、不愉快な思いをさせてしまったね。アヤメや。お前も謝りなさい」
「ふふ、まったく藤次郎は、若い女に甘いんだからぁ。まあいいわ」
「うそっ? 店長にも女狐が見えているのですか?」
私はにわかに混乱に目を回してしまった。
すると、ひょいっと店長の腿の上から下りたアヤメという名の女狐は、頭も下げずに
「ごめんねぇ。怖い思いをさせてしまってぇ。お姉さん、反省してるから許してぇ」
と、憎たらしい口調で言った。
こいつは絶対に反省なんてしていないし、謝罪する気もゼロに違いないわ!
べぇと舌を出す私を見て、アヤメは「ほほほ」と笑っている。
そしてちょうど空が紫色に変わりかけたところで、部屋の電気をつけた店長が、春のそよ風のような口調で言ったのだった。
「合格だよ。浅間 麗さん。さっそく明日からここで働いてくれるかい?」
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