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急にそんなことを言われたものだから、再び固まってしまった私。
すると私の頬をぷにぷにとつつきながら、アヤメが耳元でささやいてきた。
「いつでも逃げていいんだからねぇ」
アヤメの手をバシッと払うと、ぷくりと頬をふくらませた。
「誰が逃げるもんですか!」
「ふふ、だってぇ。藤次郎。よかったね。アルバイトさんが見つかって」
「ああ。正直諦めかけていたところだったから助かるよ」
なんだか上手いことはめられたような気がしてならない。
しかしこの店長はいったい何者なんだろう……。
ますます訳が分からなくなってしまい眉をひそめる私。
一方の店長は、綺麗な右手を差し出してきた。
「僕は鎧屋 藤次郎(よろいや とうじろう)だ。これからよろしくね。浅間さん」
「鎧屋……って……まさか……」
三度(みたび)声を失ってしまった私に対して、アヤメが眠そうな目を店長に向けて答えたのだった。
「ふふ、そうよ。藤次郎は、神職身分最高位の『長老』、鎧屋 藤久(よろいや ふじひさ)のお孫さん。そしてわらわは鎧屋アヤメ。……今は……ただの『守護霊』よ」
『長老』とは、神社界では最高の栄誉職で、全国でも数名しか贈られていない。
しかも「鎧屋藤久」と言えば、最高で200社もの神社の宮司を兼務していた、言わば『カリスマ宮司』。
神職を目指すはしくれの私であっても「鎧屋」という名字は確かに記憶に残っていたのだ。
「長老のお孫様が、なぜこんなところで……」
驚く私を尻目に、ニコニコ顔の店長は赤色の制服をさっと羽織りながら答えた。
「あえて言えば『修行』かな……」
「修行? コンビニの店長が?」
「ふふ、その答えはここで働けばすぐに分かるはずさ。さあ、僕はそろそろお店にでなきゃならないから、面接はこれでお終いにしよう。この時間は仕事帰りのOLさんやサラリーマンの方々がお弁当を買いにいらっしゃるからね」
そう言って強引に話を切り上げた店長。
私はもやもやしたものを胸に抱えながら、その場をあとにしたのだった。
◇◇
こうしてちょっと……いや、ものすごく変わったアルバイト生活は幕を上げた。
でも、驚くのはまだ早かったのだ。
これからとんでもない事件に巻き込まれることになるのだから――
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